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一生涯5,000万円生活

2014-10.11 Satサツコイ~悠久なる恋の歌~

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 ここは私のブログで、私が思ったことを書く場所で、私は太鼓持ちや追従者ではないから率直に言うけど。

 こんなクソストーリーでどんなエロゲーにしたいわけ?

 できるだけ穏便に書くと、「春季限定ポコ・ア・ポコ!」 や 「あえて無視するキミとの未来」 のシナリオライターで、内容も 「あー書いた人同じだなぁ」 と思えるレベル。 違うのは、土台が殺伐としすぎているので、あの小気味いい軽妙なやりとりはあまりないし、あっても白々しいというか、楽しい話では全くない。

 私はお勧めしない。 キャラは素晴らしいと思うけどね。





 このライターは家族にどういう思い入れがあるのか分からないが、毎度のように使ってくる親子の絆は反吐が出る。 別にね、反目とか、反抗期とか過保護とか、そういう親子関係はいいんだ。 個人的にはエロゲーにおいて親の存在というのは粗大ゴミ以外の何ものでもないと思うけれど、なんでもかんでも親無しで済ませるわけにもいかない。

 しかし、ここの何が酷いって、子供を虐待したり、ネグレクトしたり、理想や要求を一方的に押し付けるだけの100%クソ親なのに、最後になって、実は子供のことを考えていましたとか、理由あって説明できなかったけど愛ゆえの行動でしたとか、どんな人間でも子供にとって親は親なんだとか、そういう結論にして、親子関係を絶対視するところだ。

 親だって1人の人間だから、子供のために生きなきゃいけないわけじゃないし、他に大切なこともあるかもしれない。 だから、子供にとって非道い親でもそれはいい。 でも、それなら子供に納得してもらったり、理解してもらおうというのは烏滸がましい。 親が自分のために生きるなら、子供も自分のために生きる。 親のことなんて知ったことか。

 本作でいうと、「加納さん」 と「川嶋父」 そして 「御堂イズナ」 のことである。 酒を飲んでは刃物まで持ち出して暴れ、ろくに生活費も渡さない、親戚に借金して踏み倒し、少女をレイプしようとし、仕事も続かないアル中が、実は遠縁の娘に援助していたとか、イズミのために500万円も貯金していたなんて話を唐突に出されても 「はぁ?」 ってだけだよね。
 そんな金あるなら、まず借金返せよ。 それと、貯めてないで日々の生活を何とかしろよ。 イズミが加納さん相手に悲しんだりするのを見せられても、こいつ頭おかしいんじゃないの? としか思えん。

 帰宅したイズミが風呂場で加納さんに話しかけるシーンは、絶対返り討ちにした死体だと思った。 その後消えていたのは、野良人魚が食うために持ってったのかなと。 

 悠の養親と同じように、クズでしたで済ませておけばどうということはなかったのに、人魚設定と絡める必要ゼロで、感動要素ゼロの茶番を見せられるのは勘弁してほしい。

 川嶋父は何をかいわんや。 脱サラして始めた旅館が上手くいかないからって、娘を売って融資を受けようって……それ、夫婦喧嘩じゃなくて奥さんは娘を連れて即実家だよね。 つい考えてしまった程度ならまだしも、頭を下げて 「これしかないんだ」 って、お前が生命保険でもかけて死ねよ。 これを許せる直は、良い子というより足りない子である。

 イズナはいい感じに狂った母親だった。 悠が殺された時はショックだったが、シナリオ的にはあんなものだろう。 が、最終章で全てが台無しだ。 数百年生きた化物の、その狂った理由が兄に拒絶されたことだというのはいいが、イズミに諭されて改心するとかなんだよ、それ。


 純血の人魚はつがいで生まれ、雌が稚魚から成魚になるときに、つがいの雄を捕食しなければならない。 雄は捕食されなくても成魚になってまもなく死んでしまう。

 これは、大団円が絶対ない。 ポコ・ア・ポコで春花が鬼籍に入っていることと同じくらいに残酷な現実だ。 だからこそ、どのような命の物語が描かれるのかを、ユーザーとしては覚悟してプレイした。 相羽を殺したり、悠が殺されたときはそれなのに、全ルートでことごとく避けてしまった。 最低の茶番だ。

 人魚には人魚の価値観がある。 人として生きてきたイズミと悠は人間的な思考をしているかもしれないが、境遇を考えれば特殊な世界観を持っているほうが自然だ。 それなのに、どこまでも人間的な考えしか出てこなかった。

 こんなことなら、相羽兄妹を主人公にした方が余程良いエロゲーになっただろう。 兄妹だし、人食ってれば2人とも死なずにすむし、人間社会と純血人魚相手に生き抜くのはドラマチックだ。


瑠璃ルート

 悠が殺されてしまうのは、あまりに残酷だった。 いちばん兄弟姉妹関係が深まるルートだし。 しかし、加納さん推しな時点でゴミである。 エンディングを墓参りにするところも意味が分からない。

 悠が死んでイズミは捕食される必要がなくなったけれど、設定上余命いくばくもない。 というか、悠ルートから考えてエンディング時点でかなり際どい。 だから、瑠璃と最後のひと時を過ごした後どうするのか、そこが興味のあるところだった。  死んでしまうイズミを食ってでも母親と決着をつけるのか、ただ最後まで一緒にいるのか。

 それがどうでもいいおっさんの墓参り。 もっと大事な悠が死んでますよ。 立派な墓はないにせよ、妹はどこいった。


直ルート

 直の家庭事情と、主要登場人物たちが通っている学校の驚異的陰険さが衝撃だったこと以外は、箸休め的で割りとどうでも良かった。


悠ルート

 瑠璃ルートに輪をかけて酷い。 これが最終章ってあんまりだ。 相羽を殺さなかったのがラストに登場させるためというのも安っぽいが、前述のとおりイズナが息子にちょっと諭されただけでくずおれるシーンは唖然呆然である。 今更改心なんて馬鹿馬鹿しい。
 
 名前だけとはいえ春花を登場させて、兄妹で死ぬ前に動画を撮ろうというのは、良さそうに見えてこの場合問題の本質から目を背けているだけである。 登場人物じゃなくてライターが。

 悠とイズミだけなら、一緒に死ぬというのは悪くない考えだ。 イズミの死は確実で、後は悠がどうしたいかだけなのだから。 しかし、それでは簡単すぎる。 だからこそ、瑠璃やイズナがいるんじゃないのか。 若しくは、相羽や美月が。 このルート、最終章のくせに兄妹が引き篭もって周囲と交流しなさ過ぎる。 

 もし、瑠璃ルートくらいに兄弟姉妹が仲良ければ、姉を残して兄妹で死ねばいいなんて簡単に言えなかったはずだ。

 もし、イズナがちょっかい出してくるのがもっと早ければ、心中はできても第三者に殺されることを良しとしなかったのだから、悠がイズミを食って成魚になるべきだという考えが浮かんだかもしれない。

 もし、相羽や美月と兄妹がちゃんと対峙していれば、死ねばいいという考えは安易ではないかと葛藤したかもしれない。

 そんな、人魚の生死と正面から向き合うことを放棄して、動画作り。 なにそれ。


 人魚の設定はいい。 本来なら兄弟姉妹が幸せになれないゲームなんてクソ喰らえだけど、最初から希望がないのは分かっているので、覚悟してプレイしているからそこもいい。 だが、覚悟がないのは製作者サイドだった。 どうしてこんな中途半端な内容にしてしまったのか。 残念である。
 
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