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一生涯5,000万円生活

2010-03.27 Sat古都を尋ねる

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 ふと思い立って、というか今昔物語を読んだからなのだが、信貴山と長谷寺に参拝することにした。というわけで、日帰りの計画を立て、今日実行と相成った。
 何しろ遠いものだから、現地に行くだけでかなりの時間がかかる。出発は5時になった。起床は4時半。これ、日によってはまだ起きてる時間だよ。昨日はさすがに1時前には寝たけれど、睡眠時間関係なくこの時間に起きるのは辛い。
 当初は長谷寺から信貴山に回るつもりだったが、土壇場で信貴山を先にすることにした。名古屋から関西本線で亀山、加茂を経て王寺へ。途中で奈良や法隆寺を素通りするのは後ろ髪引かれる思いであったが、ちょっと寄るには時間がないので仕方ない。王寺で近鉄に乗り換えて一駅先が信貴山下駅だ。そこからバスで山の麓まで行き、後は歩きだ。この、電車とバスの接続があったので、回る順番を変えたのだ。

 さて、信貴山である。今昔物語には少なくない寺が出てくるが、なぜここに来たのかというと、この山を開いたのが命蓮上人(今昔物語では明練)だからである。そう、東方星蓮船のラスボス聖白蓮の弟である。たまたま同じ名前というわけではなく、元ネタのはずだ。
 命蓮には姉がいたという話であるし(ただし、白蓮という名前ではないと思う。)飛倉の伝説も縁起にある。聖徳太子が毘沙門天を感得してご利益を得たのが寅の年寅の日寅の刻であったといわれており、また、その後命蓮上人が信貴山中に護世大悲多聞天(多聞天は毘沙門天の別称)と銘のある石櫃を見つけたと今昔物語にある。また、2月には星祭法要というものが行われている。だから5ボスが毘沙門天の弟子寅丸星なんだな。
 というわけで、作中では寺を建立して命蓮寺としているけれど、白蓮が封印された当時にいた寺は信貴山朝護孫子寺かな。そこまでこだわる必要はないけど、徒歩二分の「平安京デロリアン」で過去の命蓮寺が出てくるから気になって。

 東方の元ネタ薀蓄はこれくらいにして。バス停から山門までの間には平城遷都1300年祭の昇りが掲げられていた。まんと君やなーむ君は見なかったので、基本的にはせんと君が受け入れられているのだろう。最初見たときのインパクトは凄かったが、慣れると馴染むものだ。

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寺なので本堂というものがあるわけだが、今昔物語を読んで来たので、東方の件がなくても命蓮が見つけたという石櫃の方が気になる。塚を見つけ、開山堂を見たが、ここには他に、聖徳太子、弘法大師、歓算上人が奉られているということは分かったものの、石櫃の話は何もなかった。開山堂では、受付のおばちゃんが色々話しをしてくれた。四国八十八ヵ所の砂が床に敷かれた御影石の下に納められており、お堂を一周すると八十八ヵ所を回った事になるらしい。世の中は、昔から意外と便利だ。

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 命蓮の足跡を辿った後は、毘沙門天にお参りした。本堂には覚鑁上人が納めた如意宝珠というものがあるらしい。説明によると、一度び触れれば七珍万宝家に満ちるとのことだが、納めてある場所には格子があって鍵がかかってるんだって。直接触らせて欲しいと思うのは私だけではないはずだ。とにかく、戒壇廻りはやってみた。
 光も差さぬとはこのことかという暗さの中を、壁に触れた右手だけを頼りに歩くのはかなり心もとない。暗いというか、手を目の前で振っても全く見えず、正に真の闇である。件の錠はすぐ分かった。格子になっているらしいこともわかったが、宝珠は当然見えなかった。封じた錠に触れただけでもご利益がある程の霊験と考えて信心しよう。

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 おみくじを引いたら凶だった。いいことが一つも書いてない。『病人凶し。よろこびごとなし。待人来らず。あらそひまけ。失もの出がたし。売買あし。たびだち凶し。』と、ここまで端的に畳み掛けられると、かなり堪える。今まさに旅の途上なのに、今更『凶し』と言われても困るよ。結んだので良くなりますよう。

 下調べなんてほとんどせずに行ったのだが、偶然イベントをやっているのに行き会った。素通りしようと思ったのだが、ふと「猪鍋」という文字が目に入り、気になったので寄ることにした。どうやら近隣の特産みたいなものを出店で売っているようである。猪鍋は黒滝村のものであった。早速一杯頼み、ついでに黒こんにゃくというのも買った。こういう場所でこれだけのものが350円で食べられるのは、お安いのではないだろうか。

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 まず、こんにゃくをかぶり。醤油味の煮込みだが、齧った後を見ても元の色が分からないくらいに味が良く染みていて、汁がなくても味気ないということは全くない。寒いのであっという間に冷めて熱々ではなかったが、私は猫舌なのでちょうど良い暖かさで、かえって存分に味を楽しむことができた。
 ついで猪汁の方だ。具は大根、人参、ゴボウに里芋かな、とにかく芋。ネギと生姜を薬味に添えてある。早い話が豚汁である。が、一口啜るとコクが深い。肉は豚よりもクセがあるだろうか、しかし、嫌な感じではなく味が濃いとでも言えばいいだろうか。肉々しさがある。白いご飯が欲しいところだが、食堂ではないので求めようもないのは残念であった。
 帰り道でイベント告知のポスターを見て知ったのだが、なんと、イベントにはせんと君が来るとのことであった。既にどこかにいたのか、これから来るのかは分からなかったが、どうやら会う機会を逃したようだ。戻って探してみようかとも思ったが、長谷寺に行くことを考えると時間がなかったので諦めた。

 信貴山土産の虎饅頭。もっと愛嬌のある形をイメージしていたのだが、意外に厳しい。食べてから写真を撮っていないことに気付くあたり、私はこういうことに向いていないようだ。写真は土産とは別に買った焼きたてのものである。表面はパリっと中はほっこりふんわりとして、焼きたてならではの食感が嬉しい。餡はこしあんの熱々なので、口の中で溶けていくのがまた美味い。こういうのを歩きながら食うのは、旅の醍醐味であろう。

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 長谷寺はのことは、明日にしよう。というか、気が向いたら書こう。多分、1日何もなくて、結局書くことになると思うが。


今昔物語の命蓮の物語(要約)

 命蓮は常陸国の人であったが、仏道を修行しようと諸国の霊場を巡って、大和国にたどり着いた。ある郡で、山に五色(青・黄・赤・白・黒)の雲がかかっているのを見て、「さぞ霊験ある地に違いない。」と思って行ってみると、辺りにはこの世のものとは思えない馥郁たる香りが漂っていた。どうしてこのようなことが起こるのか不思議に思い、原因を探そうと、地面に積もった落ち葉を掻き分けなどしていると、岩の間に「護世大悲多聞天」と銘の刻まれた石櫃を見つけた。これがために有り難い瑞相(五色の雲とか香り等のいわゆる奇跡)を見ることができるのだと分かって涙を流して喜び、そこを生涯の修行の場とした。
 世間の人は、命蓮が修行しているのを貴く思って布施など多くしてくれたが、それが途切れることがあっても、鉢を飛ばして托鉢し、瓶を飛ばして水を汲んだので、日々の暮らしに困ることはなかったということである。

 予断だが、飛鉢法というのは密教の秘法の一つで、それ専用の修行というものがあったらしい。物語を読んでいる限りでは、結構みんなできる。
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